僕は小学校1年生から大学3年生までの約14年間、ずっと野球をやってきた。何なら仕事よりもその経験年数は長い。

ライターの仕事なんてまだ4年くらいなので、野球に比べたらまだまだ全然大した長さじゃない。僕はライターとして、そしてライターを取りまとめるディレクターとしてこれまで仕事をしてきて、無事去年には法人化を果たしたが、それらを成し遂げられたのは全て「仕事をする上での基礎」が備わっていたからだと思っている。

では、その「基礎」とは何かというと「高校野球で培った精神」だ。

野球はフリーランサーとしてビジネスをする上で必要なものを網羅的に学べた。もしも僕が野球をしていなかったら、今のステージには立てていなかっただろう。

そう言い切れるくらい、僕は高校野球で一生の財産を手に入れた。

「じゃあ、どんなものが学びになったんだよ」と言われると、数えきれないほどある。

礼儀や先輩への上下関係もそう。努力することの大切さもそう。挙げればキリが無いほどあるのだが、その中でも僕が高校野球で得た一番の学びは「勝負の厳しさ」だ。

僕は「甲子園に出たい」という一心で高校野球を始めた。高校3年間をほぼ毎日野球の練習に捧げてまで「甲子園に行く」と決めていたのである。

しかし、残念ながら僕は最後の3年生の夏にベンチ入りのメンバーすら入ることができなかった。

最後の夏の大会前は、毎回恒例の「背番号発表」がある。3年生にとっては緊迫の瞬間である。ここで自分の名前が発表されなかったら、それは事実上の「引退」を意味するからだ。

2012年の7月。いつも通り練習を終えた後、監督から背番号の発表があった。

「よし、じゃあ背番号を渡していく。」

「一番、佐藤」「二番、大杉」...

僕も1桁の背番号がもらえるなんて思っていなかったから、それ以降の番号で自分の名前が呼ばれるのを、息を呑んで待っていた。そして....

「最後、18番、堤。」

残念ながら、僕の名前は呼ばれなかった。

僕の他に、4人の3年生が同じように背番号をもらえなかった。中には、もらえなかった時点で泣き出す3年生もいた。

この背番号発表は、毎年シビアな空気になる。監督も嫌だろうし、メンバー入りした3年生も外れた同級生に対してとっても気まずそうだ。

僕はとにかく悔しく、涙が止まらなかった。

家に帰って「背番号がもらえなかった」と親に報告すると、母はその場で泣き崩れた。ずっと僕の試合を見にきてくれていた祖父母に電話したが、後で聞くと、二人とも電話を切った後に僕に内緒で泣いていたそうだ。

私立の学校で高校野球を3年間続けるということは、親にとってかなりのお金と時間を使う。入学金や授業料はバカにならない。しかも、土日の試合は大体親が行かないといけない。平日も朝から弁当を作る必要があるし、ユニフォームの洗濯もしなければならない。

今思うと、本当に申し訳なかったと思う。

「もっと練習してれば、もっと真剣に考えて野球をやってれば...」と思うが、一度失敗した過去は、もうどうやっても取り戻せない。

そして最後の夏、なんと僕の高校は甲子園への切符を手にしたのだ。僕は甲子園のスタンドから、なんとも言えない気持ちでメガホンを持ち、応援した。

僕は背番号をもらって試合に出ていれば、夢の甲子園のグランドに立てていたかもしれなかったのだ。

当時は、今のような気持ちで高校野球について考えることはできなかった。

しかし、今になって分かる。

高校野球は、僕に「勝負の厳しさ」を教えてくれた。

実力がないヤツはメンバーから外される。チームに必要のないヤツはグランドにすら立てない。輝ける場所に入れるものの数には限りがある。そして、努力しないやつはすぐに落ちていく。そしてライバルは全員本気でレギュラーの座を勝ち取ろうとしている。

しかも、残酷なことに「頑張っていても報われない」人もいる。どれだけ頑張っていても、試合で結果を出せなかったらメンバーから外されてしまうのだ。勝負の世界がこんな厳しくて残酷なものであるということを、若いうちに知れてよかった。

なお、勝負の厳しさは高校野球に限らず、ビジネスの世界でも同じだった。

僕は、この厳しい戦いが強いられる世界は「野球だけ」だと勘違いしていたが、全然違ったのである。むしろ、社会に出てからの方が、その勝負は厳しいことに気がついた。

僕は高校野球で一度負けた。だからこそ、次は「もう二度と負けない」と誓った。

この反骨精神があったからこそ、Fラン大学から大手金融機関への内定を獲得できたし、FP二級の資格も一発合格できたし、フリーランスライターの世界でも生き残ってこれた。

僕は今でも、たまに夢に出てくる。自分がミスをして試合に負けるシーンや、背番号をもらえず、スタンドで同級生の応援をしているシーンが。

でも、だからこそ頑張れる。「絶対にあの屈辱を味わいたくない」という恐怖が、僕の原動力となり、エネルギーとなる。

フリーランスの世界も決して甘くはない。どんどんと若い世代から、良いクリエイターが生まれてきている。

いつ抜かれても、いつお客さんを取られてもおかしくない状態だ。これは僕に限った話ではない。この記事を最後まで読んでくれているあなたにも起こり得ることだ。あなたの知らないところで「戦争」が繰り広げられているのだ。

人生という名の甲子園で優勝するために、今日も食らいつく。

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